Enuf "Demo 1988" 7"
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1987年の秋。ハードコアのボーカリストを目指していたアジェイ・ジェームズは、ストレートエッジ・ハードコア・バンドのメンバー募集チラシを、ニュージャージー州中部のレコード店Vintage Vinylに貼りました。「X印がやたら多くて、まるで宝の地図みたいだったよ!」――そのチラシに惹かれて電話をかけてきたのが、ギタリストのアンディ・ホワイトです。すでにドラマーのアリ・カッツとベーシストのリッチ・シーモアは揃っており、アンディを迎えたバンドは、ニューブランズウィックのレコード店Cheap Thrillsの2階で音を出し始めます。
1988年の夏、Enufは一気に動き出します。Sick Of It Allをはじめとするニューヨーク勢、地元のShades Apart、Crucial Fun、後のReleaseことBottom Lineらと次々に共演。楽器を「弾けるようになった」ことが、そのまま自信と勢いに直結していきます。ライブを重ねるごとにバンドは引き締まり、「次は録るしかない」という空気が自然と生まれていきました。
レコーディングの場に選ばれたのは、アンディの家のすぐ近くにあったTrax East。TMAやVision、Sticks and Stonesといったニュージャージー勢も使っていた、あのスタジオです。そこで一気に録られた7曲――それらは確かにBreakdownやToken EntryといったNYHCの影響下にありながら、ただのフォロワーでは終わりませんでした。郊外発のストレートエッジ特有の切迫感と、フロントマンの強烈な個性とカリスマが噛み合い、当時三州に溢れていた無数のデモの中でも、明らかに一線を画す仕上がりになっていたのです。
デモが出るや否や、バンドはさらに加速します。1988年秋にはRaw DealやBeyondと共演を重ね、ニューブランズウィックのラトガース大学スコットホールでは、Bold、Vision、Life's Bloodと並ぶ重要な一夜を叩き出します。あの時代の空気を知る者なら、このラインナップの意味は説明不要でしょう。
しかし、勢いは永遠には続きません。1989年、ベーシストのピートがエッジを破ったことで解雇され、アンディがベースへ転向。初期に短期間在籍していたチップ・イアトロがギターを引き継ぎます。それでも歯車は噛み合わず、バンドは春を待たずして崩れていきました。そして1989年4月30日、アズベリー・パークのFast Lane。Raw Deal、Maximum Penalty、Uppercut――NYHC屈指の強豪と並んだその夜が、Enufの最後のライブとなります。
それから長い時間が経ち、1988年のデモは、東海岸ハードコアの“掘る人間”たちのあいだで、ほとんど神話のように語られる存在になりました。アリ・カッツが後にLifetimeのフロントマンとして知られるようになったことも、その伝説性を後押ししているのかもしれません。
ただ、理由はそれだけではありません。音を聴けばわかります。勢い任せでは終わらない、芯の通った演奏。衝動をそのまま叩きつけながらも崩れないバンド感。あの時代にしか生まれなかった熱が、いまもそのまま封じ込められています。単なる“発掘音源”ではなく、今でもしっかり刺さる音として鳴り続けています。
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